
恒例のキャンプ場での5/3。誕生日です。

54歳になりました。
15年キャンプ場で誕生日を祝ってもらっているので毎年年齢に区切りがあり、
53歳はこうだったな、54歳はこうありたいな、そんなことを考えるいい機会になっています。

この後、東北地方で縄文遺跡をいくつか周り無料ガイドさんにいろいろ教えてもらう機会がありました。
どんな暮らしだったのかを遺跡を見ながら想像する機会です。

おそらく弥生時代に入っていない縄文は狩猟採取だったわけで、
みな、野うさぎを狩ったり、栗を拾ったりして持ち帰り、みんなで分け合って食べたんだと思います。
多少の役割はあれど、能力がある人もいれば、なかなか持って来れない人もいたと思うんです。

身分階級がなく争いがなかったとされる縄文時代。
最初は皆が集まって住んでいたのが、
家族ごとに周辺にばらけて住むようになりお祭りなどの時に集まった後がたくさん残されています。

普段はバラバラで生活していて酒や食べ物を持ち寄って一つの場所に集まる姿はキャンプ場も縄文時代も同じだなと感じました。
身分も争いもなく。

やがて弥生時代に入ると農耕が始まり役割分担がしっかりとしていき身分が画一されて争いが起こる。

どちらがいい悪いではなく、
キャンプ場以外では弥生から流れる生活をしていて、キャンプ場では縄文的な時間がある。
コレって幸せなことだなと思うんです。贅沢なことと言ってもいいのかな。

効率を求めると役割分担が必要になる。
その方が全てが捗るし進化も早い。

役割分担をしないと効率は悪いし進化しないけど身分や責任が生じないし争いがない。

少なくとも普段の生活に近づけないことがキャンプ場らしさなのかなと思うんです。

54歳の誕生日は縄文と重ね合わせて考えることができました。
